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板前やコックであれば使っている包丁はどんなものでも良いのだろうか?いや、必ず皆さんの好みの包丁や鍋釜を使っているだろう。切れの良い包丁を探すために、仲間と情報交換をしたり、燕の金属加工業を歩いた経験があるはずだ。キッチンシステムは現代のコックの包丁と同じだ。以前であれば調理は切れの良い包丁と鍋釜、ガスストーブがあれば済んだ。しかし、現在のようにメニュー数が増加し、人も少なく、利益率も追求するようになると、効率の良い調理機器と優れたレイアウトのキッチンシステムを作り上げなければならない。
ある都市ホテルチェーンでは新築の厨房の壁に電気等の配管をむき出しにしているではないか。聞いてみると厨房を作っても後でコックが勝手にレイアウトを変更するので、最初から配管をむき出しにして変更しやすい様にしているというのだ。つまり、厨房設計の段階でコックは関与していないので、後ですぐに自分たちの使いやすいように改造すると言うことなのだ。
キッチンシステムの専門家は実は設計能力より調理の実務の経験と知識を十分に持っている皆さんでなければいけない。その皆さんが描いたキッチンシステムを図面化し施工するのが専門家や厨房メーカーの仕事なのだ。
レイアウトの際に忘れてはならないのは人の導線だ。人が働きやすくなくてはならない。人の横幅は500mm必要だ。半歩動いて調理するとする場合、調理範囲は1000mmとなる。複数の人間が同時に調理する際には一人の作業スペースとして考慮しなければならない。通路は頻繁に通行する場合はぶつからないことを前提とすると、1200mm必要だ。最低でも700mmはとっておきたい。あまり通路を狭くすると、将来調理機器を入れ替えするときに出来なくなるし、修理も難しい。修理のスペースも考えて機械を並べる必要がある。
また、最新型の調理機器はコントロール関係を電子機器を使用しており、熱に弱い。調理機器を並べるときには、コントロールパネルなどに横に燃焼機器がこないように留意する必要がある。また、水にも弱いのでシンクの横に置かないようにする。 作業テーブルの高さだが、あまり低いと腰を痛めるので慎重に設定する。低い作業テーブルより高い方が問題がないようだ。最低でも850、出来たら900の高さが望ましい。シンクの高さも縁でなく作業面の高さで考慮する必要がある。上の棚を使用する場合届く範囲を考えて1900mm前後にする。テーブルの奥行きも手の届く範囲は750‾800mmである。
必ず自分で使いやすいか働く状況を考えて検討する。人に任せてはならない。使う人が考える。なお、将来メニューが増加したときに必要になる調理機器や、スペースを考慮し、厨房を容易に拡張できるようにしておくことは後で簡単に改造できる秘訣だ。
また、大厨房が2つあるがそのレイアウトは全く同じにし、働くシェフが迷わないようにした。この合理的なキッチンシステムにより通常の都市ホテルの約倍の生産性を達成することが可能になった。このキッチンシステムを構築したのはそのホテルの調理長であり、何年にもわたった研究と実践の成果である。専門家ではクレーンで運搬することなど考えもつかないだろう。実際に働く立場であるから大変な現場作業の改善を目指して具体的な解決策を出すことが可能になるのだ。
加熱調理とは食品が生であるときよりも、美味しく、安全で、食べ易くすることをいう。
食肉を生で食べると、肉が冷たく固いので噛みきれず、香りもなく美味しくないであろう。また、生で食べると肉の中に残っている食中毒細菌や寄生虫を体に取り入れることになり、食中毒や風土病を引き起こし、場合によっては死亡する危険がある。
つまり調理とは食品を美味しく食べるためだけではなく、安全に食べるためでもあり、大変重要なプロセスである。
焼くことにより、食品の水分が適当に蒸発し、うま味が凝縮する。脂肪は溶けて流れ、表面の一部は焦げて炭化し内部の美味しい肉汁を閉じこめる。焦げることにより美味しい香りが出て食欲を増す。また、熱により蛋白質が適当に凝固し食べ易くなる。食肉の代表的な調理法である。
チャーブロイラーで下から炭の輻射熱と燃焼空気の対流で焼く方法
上火の赤外線バーナーのブロイラーで上からじっくり焼く
鉄板でムラ無く短時間で焼く
ステーキの焼き方は上記の3つの方法が一般的だ。先日米国のステーキレストランを視察してきたが、シズラーはチャーブロイラー、南部で急成長を遂げたアウトバックステーキハスはグリドル、高級ステーキハウスのシカゴのモートンズは上火ブロイラーと各有名ステーキチェーンにより焼く方法が異なっている。
そこで帰国してから、上記の異なる焼き方で同じ肉を焼く実験を行った。上記の焼き方で最も肉を焦がした香りが出るのがチャーブロイラーだ、焼くときにたれた肉汁が火で燃やされ、それが煙となり肉にしみこむのだ。肉の表面の焦げ目が付きにくく肉の触感が柔らかすぎ、焦げ目を付けようと火に近づけると焦げすぎると言う問題があるが、肉の香りを引き出すという意味では代表的な調理方法だろう。
グリドルは肉につけた調味料が流れ出ず、最も調味料の味が引き立っていた。表面の焦げ目もきれいについて良い。アウトバックステーキハウスは調味料に工夫を凝らして特徴を出すためにグリドルを使用しているのだ。しかし焦げ目がつきすぎてやや堅くなり、柔らかい脂身のある肉でなければならない。
上火焼きのブロイラーは上からじっくり赤外線で焼くので、焦げ目がつく割には肉質が最も柔らかく仕上がり、味も上品な仕上がりであり、モートンズなどの高級ステーキハウスで使用する理由が良くわかる。
このように同じ食材、調味料を使用しても風味が大きく異なるので顧客の好みを見ながら機器の選定をする必要がある。
以上の焼き方の他に以下の調理方法があるので色々な調理方法を全て検討し自社に最もあった調理方法を築き上げ、チェーンとしての特徴を強く打ち出す必要があるだろう。
鉄板で上下から高速で焼くのでサービス時間が短いが、上から押さえるのでうま味成分の肉汁が流れ出て、肉の表面が堅くなると言う欠点もある。
チャーブロイラーと同様に香りがあるが、上下からヒーターで焼くので肉をひっくり返す必要がなく、自動調理できる。ただ、時間が変更できないので食材の厚さを統一する必要があり、単品の低価格レストラン向きである。
日本で和食の焼き物器として開発されたが、燃焼温度が800度と高温であり、備州炭と同様の焼き方が可能であり、高級な食材を焼くのに適している。
日本のあるステーキハウスがグリドルと上火タイプのガス式赤外線バーナーを組み合わせ短時間で調理する方法として開発された。調理時間は短縮されるが周囲の環境が悪く厨房が高温になるのが欠点である。
ステーキの鉄皿を電磁調理加熱しその上で肉を調理しそのまま提供する。低価格ステーキハウスで行われているが、ステーキ皿をきれいに清掃しないと肉に焦げ目がつかず肉の美味しい香りが出ないと言う欠点がある。
職人の技術とファーストフードから学んだ調理機器を組み合わせできあがったのがてんやの自動調理システムだ。てんやはコンベアーフライヤーで調理を自動化し店舗や従業員による品質の差を無くした。
岩下社長は日本料理を研究し、職人の技術が必要なてんぷらをどうやってアルバイトでも出来るかを研究した。そして職人の技術は、油の温度の見極めと安定、調理時間の管理、であることを発見し、その職人の技術から最も美味しいてんぷらを揚げる条件を研究した。その結果できあがったのがてんやのコンベアーフライヤーだ。此のフライヤーは市販のコンベアーフライヤーを元に職人のノウハウを織り込んだものだ。ノウハウとはヒーター容量の大型化、シーズヒーターと遠赤外線を出す赤外線ランプヒーターの組み合わせにより食品の内部まで火を通す、温度コントロールが±1℃になるような精度まで高めた、等だ。更に異なる大きさの食材を均一に調理できるような工夫を加え、コンベアーでだれでも同じ時間で均一のてんぷらを揚げることを可能にした。
てんぷらは油で揚げるのでしつこいのが欠点だった。そこで毎日食べても飽きないように特殊な油の吸い込みが少ないてんぷら粉を開発し、さっぱりした油を組み合わせるようにした。これによりてんぷらを毎日食べらても胃にもたれないようにし、来店頻度を向上し売り上げを上げることに成功した。
このキッチンシステムと食材の開発によりてんやは日本料理としては異例の標準化に成功し、調理人を不要としてチェーン展開に成功した。浜松町の1号線を挟んで、てんやと普通のフライヤーを使用する丼丼亭があるが、此の2店を比べるとキッチンシステムの優劣が理解できる。昼時のピークにいくとてんやのサービングタイムの短さと品質の安定さが如何に優れているかが良くわかるの。
てんやの岩下社長はマクドナルドの第一期生だ。マクドナルドでアルバイトでも出来るキッチンシステムを学んだ岩下社長は、その後サンドイッチハウスの経営、和食の店舗運営など幅広く調理システムを自分で身につけ、職人の技術とファーストフードのキッチンシステムを融合しその優れたキッチンシステムを作り上げたのだ。
8月号で圧力釜を使用した調理方法を説明したが、フライドチキンの専門店でない場合そんなに数量が出ないので圧力釜を購入するのは投資効率が悪い。そこで圧力フライを行わないでジューシーなチキンを揚げる方法を考案したのがビザの宅配チェーンだ。
圧力釜の原理は骨の血を固め、かつ低温で短時間で調理を行うと言うことだ。この2つを別な方法で達成することが出来ればよいのだ。一つの解決策は工場で大型の圧力釜を使用し、完成品を冷凍し店舗で解凍加熱する方法。もう一つは工場で特殊なオーブンを使用して骨の内部まで加熱し、冷凍し店舗に配送する。両方の場合とも、店舗でもう一度普通のフライヤーで加熱するか、オーブンで焼き上げる。こうすることにより、原材料のコストは上昇するが、設備投資額が低くて済むし、余分な調理機器を入れる必要がないので厨房の改造が必要なくなる。ピザの宅配チェーンではコンベアータイプのエアーインピンジメントオーブンでピザを焼きながら、キチンを加熱して出している。
単独の店舗なら、生の鳥を電子レンジで骨の髄液が固まるまで加熱する。完全に調理はしないで髄液が固まった段階で止める。バッターとブレディングをつけ短時間でフライする。フライした鳥を加湿してある保温庫で20分間保管してから提供する。これにより圧力釜で揚げた様な柔らかい状態で提供できる。
すかいらーくではハンバーグを調理するには場合、グリドルで焦げ目をつけた後オーブンで火を通していた。しかし時間がかかりすぎ、調理が感に頼らざるをえないので、コンベアータイプのエアーインピンジメントオーブンを使用して調理する手法を開発した。 このオーブンの原理は、熱く熱した空気を食品の上下から高速で吹き付けることにより短時間で焼き上げるということだ。このオーブンでなんでも調理するようにして調理時間を短くし、つきっきりで調理しなくて済むので人件費の削減に成功し、ガストが誕生したわけだ。
ミスタードーナツは過酷な深夜労働のドーナツマンの業務をドーナツを工場で作る冷凍ドーナツの開発で解決しようとしている。そのため、正確な湿度センサーと、タイマーを組み合わせた、簡易型のドウコンディショナーを開発した。前夜の内に冷凍ドーナツをドウコンディショナーに入れておけば、翌朝開店の1時間ほどドーナツは解凍され発酵しているのですぐにフライすればよい。これによりドーナツ製造作業を日中の作業にすることが可能になり、社員の定着性と人件費の削減に成功したのだ。
以上の様にチェーン展開を成し遂げたレストランはキッチンシステムの確立を行っている。10店もないからまだキッチンシステムが確立していないのではない。キッチンシステムが確立していないから10店舗以上のチェーンにならないのだ。 合理的なレイアウト、調理の原理原則を理解しもっと効率のよい、合理的な調理方法がないか常に考える習慣を身につけることが重要だ。キッチンシステムの技術革新は日進月歩であり、チェーン展開を考えるには常に合理的な調理方法を見直さなければならない。