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マクドナルドフランチャイジーによる賞味期限偽装の件


11月27日の新聞やテレビ報道でマクドナルドのフランチャイジーが商品の賞味期限切れ商品を、賞味期限シールを貼り換えて販売していたことが同社の調査で判明し、4店舗を経営していたフランチャイジーとの契約を解除したと発表した。その後、4店のアルバイト従業員に聞き取り調査を実施したところ、その他にシェイクミックスなどの賞味期限切れの商品を販売していたことが発表した。しかし、マクドナルド社は品質管理の表示であり安全上に問題はないとした。

マクドナルド社はこの事件は1フランチャイジーの問題であり、他店では問題がないと発表した。このジーは経営者としては大変優秀であったが、マクドナルドという枠の中できちんと行動するという面では向かなかったようだ。しかし、今回の事件は日本マクドナルドの抱えている課題を浮かび上がらせているようだ。

初代の社長であった藤田氏(故人)は米国マクドナルド社の創業者レイ・クロック氏(故人)と意気投合し、日本マクドナルドを設立し36年ほど経過した。藤田氏はマクドナルドの米国での発音「マクダーナル」を日本人には発音しにくいと「マクドナルド」、キャラクターの「ロナルド」もRの発音は難しいからと「ドナルド」と命名した。店頭の看板も英語表示でなく、カタカナ表示とし日本人の底流に流れる反米感情を考慮し決して米国から来た会社だとは言わせず、星条旗も一切使用しなかった。教育に関してもいち早く英語の出来ない日本人向けにハンバーガー大学を国内に開校するなど日本化に力を注いだ。  

藤田氏の戦略と米国マクドナルド社との戦略の大きな違いは、土地の取得であった。米国マクドナルド社は店舗展開に当たっては出来るだけ土地を取得するストック重視の戦略であった。しかし、土地の高い日本では無理であるとして、藤田氏は土地を賃借したフローの戦略を重視した。米国は土地への投資をカバーするべく、全店舗の70〜80%をフランチャイジーに任せ、加盟金やロイヤルティと不動産賃貸の収入を大きな経営の柱とした。日本マクドナルドは土地の取得をあきらめる代わりに、直営店中心の出店戦略をとり高給で優秀な人材を集め急速な店舗展開を行った。  

この藤田氏の戦略は大成功し、世界のマクドナルドでも例を見ない急成長を遂げた。通常は20年で契約が切れるのであるが、この藤田氏の貢献を評価し米国マクドナルド社は例外的に契約期間を30年に延長するという日米のマクドナルドの蜜月期間であった。

この流れを変えたのが藤田氏の2001年7月日本マクドナルド・ジャスダック上場だった。この上場に際に藤田家は所有株式を放出し、藤田家全体の持ち株数は50%を大きく下回り、経営権は米国マクドナルドに移ってしまった。

日本マクドナルドの急成長を支えたのは値下げの実施という低価格戦略であった。しかし、その後、低価格を支えた円高が終焉し、収益が急激に低下し2002年には創業以来の赤字となった。また、藤田氏の経営戦略に乱れが生じ、値上げと値下げを繰り返すという経営戦略で市場の支持を急速に失ってしまった。経営責任を問われた藤田氏は社長職から退き、生え抜き社員を社長に就任させたが、日本の経営状態を危惧する米国サイドが経営権を掌握し、藤田氏を退任させ、さらに外部の人材を社長として送り込んだ。  

米国マクドナルドの戦略は海外の出店に当たっては原則的に現地の優秀な人材と合弁で会社を設立し経営に当たらせるが、契約満了の20年後には契約を更新せず米国が100%の経営権を取得するというものであった。合弁が解除された後は、現地の生え抜きの社員に経営を任せ、その後、米国から経営陣を派遣し完全な米国子会社とするのである。何れにせよ、海外子会社の社長には長年マクドナルドでの経験があるベテランの社員をあてる。全くの外部の人間を経営トップに当てるのは異常な経営戦略なのだ。  

その理由は米国マクドナルド側の日本マクドナルドに対する不信感だ。藤田氏退任の後米国サイドが会社内部を精査して問題点の大きさに気がついた。  まず、直営中心の出店による社員人件費の負担だ。直営店舗中心の出店を行うためには店舗の社員だけでなく本社の社員も大勢必要であり、各地区を管理するための事務所も設置しなければならなかったのだ。そこで、本部社員の大胆なリストラを実施し、200名程の社員を退職させた。その後も、地区本部の廃止など本部社員の削減が続いた。人員削減は本部だけでなく店舗においても実施され、店舗社員の労働環境は厳しくなっていった。  

次に問題になったのはフランチャイズシステムの不備であった。藤田氏はフランチャイズシステムの導入は日本人には向いていないとして、ベテランの社員にフランチャイジーになることを勧めた。経営不振な店舗をベテランの社員に与えて店舗の売上を大幅に上げるという戦略は大成功で、10年以上勤務のベテランの社員はこぞってフランチャイジーとなった。勿論全ての社員フランチャイジーが最初から利益が出るわけではないので、藤田氏は色々なサポートをしていた。そのため、通常は同一であるべきフランチャイズ契約が色々存在するという問題を引き起こしていた。それを把握した米国サイドは驚いてしまった。  

しかも、経営幹部まで上り詰めたベテランの社員が社員フランチャイジーとなっており、 フランチャイジーの経営指導をする後輩社員の言うことを聞かないという問題も抱えていた。  それらの問題に気がついた新しい経営陣は、直営店舗の比率を7割から3割に引き下げることを決めた。これにより将来の出世の希望が絶たれた社員の流出が始まった。また、社員フランチャイジーよりも外部の法人フランチャイジーに地方の経営を任せる方針を固め、経営状態が良くなく、マクドナルド社の方針に従わない社員フランチャイジーとの契約の見直しを開始した。          

経営不振の日本マクドナルド再生のために、新経営陣が打った策は、100円メニューの導入というディスカウント戦略と、24時間営業などの営業時間の延長であった。このディスカウント戦略と営業時間の延長は売上の回復という効果を生んだが、社員だけでなく、フランチャイジーの経営も大きく圧迫し、社員の退職とフランチャイジーの廃業が相次ぐと言う副作用も生んでしまった。  

この厳しい経営環境が今回の賞味期限貼り換えなどの手段をとらざるを得なかった可能性があると思われても仕方がないだろう。新経営陣が過去の問題を改善するために努力するのは良いのだが、従業員やフランチャイジーのモラルを低下させないようにしないといけないという教訓ではないだろうか。


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