第5回
「コンカレントエンジニアリングと
プロジェクトチーム」
マルチコンセプトの導入を計画的に、きちんと行わないと弊害は完成されたキッチンの作業導線に混乱を来し、場合によっては労働生産性が低下し利益を減少させる事態となる。メニューの多角化、例えば洋食のメニューに和食、麺、中華を導入すること等も同様の現象を引き起こしている。作業の全く異なる料理でも、数がでないからかまわないではないかと思い導入することが大きな混乱を引き起こす原因となっていることが多い。
現状で問題を感じたり、マルチコンセプトの導入を行うときにはそれによりどんな弊害が起きるのか、起きている弊害を取り除くにはどうするかを短時間で見いださなくてはならない。従来のように改善に数年を費やすような悠長な時代は終わっている。完成した際にはそのコンセプトが時代遅れになっているのではどうしようもない。
コンカレントエンジニアリングの手法は現在のように多様な新業態、新商品を短時間に開発するために生まれたエンジニアリング手法だ。従来のエンジニアリングはマーケティングリサーチ、商品製造ラインの設定、改善分析、販売方法、クレーム処理、などステップバイステップで設定していた。完成した製造ラインの生産性が悪いことが判明してから、その分析と改善作業を行うので、改善がなされるまで時間がかかりすぎ、新業態や新商品の寿命がつきた時にやっと改善が完了する、時間のかかる作業であった。そこで、新業態、新商品を作り上げる際に以下の関係各部から人材を集めプロジェクトチームを作成し、業態や商品の開発と同時に作業改善、メインテナンス作業、クレーム対策、商品改善、販売方法、教育方法まで、同時に開発作業を行い、新業態や新商品開発終了時には関連の全ての作業を終わらせるというスピードエンジニアリングだ。この手法のポイントはプロジェクトチームの人選とその役割にある。
作業改善の為には各部から5ー6名を選定する。その部署とは
だ。
これらの選定された人は、専門家ではあるが全員が店舗の作業の経験を積んで、熟知していなくてはいけない。旧来のIEの時代には作業改善の専門家がいない時代であったが現代のように外食産業が熟成した時代には、経験を積んだ専門家がいるはずである。勿論、チェーン展開を急速に行うために外部から外食の経験の無い人を採用する場合があるかもしれない。その場合でも必ず店舗運営の経験を数ヶ月は積ませる必要がある。
米国外食チェーンの例では、会計士として入社した優秀な人材を、その才能を生かすために店舗で調理する仕事から、リージョナルマネージャーまでの経験を短期間で経験させる。経営センスの優れた会計士が店舗の各作業から、チェーン経営の現場まで熟知していれば鬼に金棒となるからだ。勿論、普通の従業員と同じキャリアプランを積んでいては何年も必要であるので、特別にファーストトラックと言う短期育成カリキュラムを作成して、専門家を短時間で育成する工夫をしている。
店舗経験を積んだ専門家がいれば、店舗運営部のベテランが参加する理由は無いように思われるが、やはり店舗第一主義を徹底するには、毎日作業をし、問題点を身にしみて感じている人が店舗の作業改善の為に必要だからだ。
そして、参加した各部の専門家はプロジェクトチームの一員として与えられたテーマに最大限時間と労力を投入する。出身各部の代表者としてではなく、プロジェクトチームの一員として発言、決定をしていく。各部の代表として、部の意見を反映するために直属の長に報告と判断をあおぐ場合があるが、そんなことをしていてはスピードアップが図れないし、会社のプロジェクトと部の判断の利害が反する場合もでてくるので、参加した本人の判断力で即決即断しなければならない。
コンカレントエンジニアリングの優れているのは、現在の日本の会社の抱えている硬直性という官僚的な欠点を崩し出すと言う観点だ。各部門から横断的に人材を集め、各部門の業務と全く関係なく業務改善を行わせることにより、従来は利害の異なる部門同士の融合が図れるし、会社の方向性を見ながら(従来は会社の目標に従うと良いながら、各部門長の思惑により仕事を進めていくという欠点がある)純粋に業務を進行するという経験を積むことができる。当然の事ながらこのプロジェクトチームに抜擢するのは各部門の推薦だけでなく、経営トップの抜擢により若手の将来を見据えた教育の意味合いも強くなくてはいけない。プロジェクトチームに抜擢することにより経営トップは身近に彼らの仕事ぶりを見ることができ、将来の人材の可能性を見いだせるわけだ。
店舗作業に改善が必要な場合、まず分析に入るのだが、既存オペレーションの分析と新規コンセプトや新規店舗の分析の場合とでは異なっている。そこでそれぞれの手法を見てみよう。
既存店舗の場合、作業観察に入る前に現状の問題点を明確にする方が効率がよい。店舗現場に入って全ての作業を分析するにはあまりに時間がかかりすぎる。効率を追うためにはまず何が問題点なのか情報を集めてから作業分析に取りかかる方が効率がよい。
店舗の書類を通じて状態を把握する。現場経験を豊富に積んだ専門家であれば、数値を見て何が問題なのかを瞬時に把握できなければいけない。
問題や不満を感じているのは店舗のマネージャーだけではない。アルバイトは勿論、料理を開発する商品開発部、教育部、等の部門も現状に不満を持っているかもしれない。多面的な意見を聞く必要がある。そして、何が問題点かを明確にしていく。
既存店の場合には想定したオペレーションとの差違をチェックすればよいのだが、新店舗の場合には実際の店舗を作ってから検討すると時間がかかるし、悪い場合に改善に費用がかかりすぎる。そこで、商品やサービスを想定し、厨房、客席の設計を行い、図面上で作業シュミレーションを行い、レイアウトを修正する。
しかし、調理機器の性能や作業のしやすさなどは実際の作業をしないとわからない。そこで、倉庫や調理機器メーカーの実験設備を使用し、調理機器を並べ、売上げ設定に基づいて、調理を行い、生産性をチェックしてみる。客席サービスのシュミレーションは調理場のパントリーの設計と、厨房から客席への導線がどうかという視点から確認を行う。必要なら実際のテーブルを並べて動きを見ても良い。
店舗の作業を観察するには全時間帯の作業を確認していく。数値上の情報や各担当者のよりの聞き取り調査だけで、問題点を把握したと思ってはいけない。必ず全作業を一度は観察するべきだ。
そのためには
を観察する。
店舗の作業を観察する際には、作業だけでなく、マニュアルの使用状況、トレーニングカリキュラムの使用状況、マニュアルと現場作業の食い違い、社員のトレーニングレベル、アルバイトのトレーニング状況、調理場のレイアウト、調理機器のメインテナンス状態、等の全ての状況を把握していく。
さて、作業の観察の際に注目しなくてはいけないのは
等だ
等だ。
勘違いしやすいのはピーク時の忙しい際に人が激しく動き出したり、声が大きくなると頑張っていると思うことだ。複数の作業者が激しく動くと導線がぶつかり、生産性を落とす。忙しくなれば流れ作業になり、各人は各持ち場から動かずに作業ができるようになっていなければいけない。
声もそうだ、ピーク時に声が大きくなるのは担当者の各作業を明確にしていないので、お互いに声を掛け合わなくてはいけなくなるからだ。
スローな人の少ない時間帯と、ピーク時の人の多い時間帯の両方の作業観察を行わなくてはいけない。スローな時間帯には調理やサービスだけでなく、ピークに備えて食材やサービスの下準備をする。そのために、冷蔵庫や倉庫からの各持ち場への作業導線などが重要になる。
ピーク時には各持ち場から余り動かずに作業ができるかどうかと言う事が重要になる。例えばグリドル作業で冷凍食材、冷蔵食材、常温食材の3種類を調理する場合にはグリドルのそばに冷蔵庫、冷凍庫、常温食材庫が無くてはいけない。
通路の幅は1名が通るだけなら600mmでよいが、2名がすれ違う場合には900mm必要だ。通路の両サイドで作業をしてその間を通る場合には1500mm必要だ。人間のスペースを考える場合には肩幅と歩幅で考える。人間の肩幅は450ー500mm、歩幅も同じだ。人間が自然にたつ場合(休む姿勢)の歩幅は肩幅と一緒で450-500mmであるから、各作業場の中心から左右450-500mm、合計で900-1000mmが1人の人間が自然にカバーできる作業範囲となる。それ以上広い面積を任せると作業導線が長すぎて疲れることになる。
ピーク時にはなるべく動かないで作業できるレイアウトが望ましいが、全く動かないでよい設計にするのも問題を生じる。ある米国のハンバーガーチェーンが小型店舗用に開発したキオスク型厨房は各ポジションから動かないでよいように設計したが、ピーク時に複数の作業者が入ると導線が直線でないので、とたんに生産性が悪くなると言う欠点を生じた。原因を見てみるとその設計者は作業導線の設計者ではなくインテリアデザイナーであり、作業導線の知識が無かったからだ。設計の際に色々な部署の担当者でチェックをするというのが必要だという例だろう。
全ての作業を分析するのは無駄だ。問題の発生源を追求し、問題点だけを解決すればよい場合がある。その際に注目するべきなのは新規メニュー、追加メニューだ。それを単体で調理して作業に問題なくても、他の商品と同時に調理する際に大きな問題を生じることがある。その場合すべてのメニューを単体で調理を行い、その後に売上比率に基づいてシュミレーション調理を行い問題点を洗い出していく。
店舗観察の際にはVTRも使用するが、VTRは撮影してから後で分析にするには向いていない、画面が小さすぎるし、角度、撮影者の意志により映像が偏るからだ。VTRの画像は各担当者が別々に現場を見ながら撮影していく。場合によってはデジタルカメラで撮影を行う。この映像はあくまでも、後の確認、忘れないようにする、後で不明の点を見る、等の補助的な役割であり、実像で観察することを忘れてはいけない。
調理作業に問題があった際に、調理場のレイアウトや調理機器の選定を変えるだけではない。場合によっては食材の下準備、半加工調理、包装形態も等も含めて検討し、最善のの解決方法を編み出す。例えばサラダなどを大量に提供する場合に、レタスを洗浄、カット、水切りの作業をピーク時にする必要もでてくると生産性が低下する。その場合にはカットレタスを使用するか、専用のカッターや円心式の脱水機などを導入する事を検討する。そのためには食材加工の専門家である商品部や設計部の人間が必要だ。そして、財務担当者が加工度の高い食材の高コストと店舗で加工機を購入した場合のコストとを比較検討する。トレーニング部は、アルバイトのトレーニングの容易性を検討する。
このように各部門の専門家が集まり同時に検討を加えれば最善の作業を低コストで実現することが可能になるし、対策ができあがった時点で、作業マニュアルも完成するというように生産性が大幅に高まるわけだ。
ある和食の新業態の店舗で生産性が低くなったと言うことでIEの手法で分析をしたが、よく見てみると新業態を開発する前に会社のリストラで教育部門のマニュアル作成担当者を廃止した。その後この新業態を導入したが新メニューに対応するマニュアルを作成していないためにアルバイトの作業の標準化をしていなかった。マニュアルだけでなく10本ほどあるVTRテープの更新が全くされていないので、新人教育もできていないと言う悲惨な状態であった。作業分析以前に教育体制を見直す必要があったのだ。
ある和食レストランで退職率が高いという問題が生じた。経営者は生産性が低いか、教育が悪く生産性が低いので退職率が高いと思って分析を開始した。判明した原因は従業員の評価制度が無く、どのような調理技術を身につけたら給料がどうなるかというキャリアプランが欠如しており、そのため入社して1−2年すると将来の展望が見えず退職したり、職場で飲酒をしたりとモラルが低下してしまったと言うことだった。
この様に評価制度のない状態でマニュアルやトレーニングカリキュラムだけ導入しても退職率を下げたり、モラルを揚げることはることは不可能だ。
売上げが低下すれば従来と同じ社員やアルバイトがいれば生産性は低下する。あるチェーンで生産性が低下したという。そこで店舗の状態を観察すると、売上げが低下していることに気が付いた。その原因は使用しているPOSのハードとソフトの設計が旧式で、メモリーが少なく複数の客をさばけないと言う問題であった。レジスターはPOSを使う時代になり、ハードやソフトの設計が生産性に大きな影響を与えるようになっているようだ。
宅配のチェーンの生産性の低下の原因も売上げ低下であった。競合の激化で売上げが低下し、利益対策でチラシの配布を削減し、更に売上げの減少を招き、そしてチラシの削減と言う、悪循環を生じてしまった。しかし、会社は更に利益の追求をしたためにプレッシャーを感じた担当者がノイローゼで失踪し、その事業部門の閉鎖をせざるを得なくなった。
今年2000年2月に中堅外食チェーンが大規模な食中毒を発生した。フットボール型の大型ハンバーグが原因で腸管出血性大腸菌o-157の食中毒を発生し、3店舗がほぼ一ヶ月の営業停止処分を受けた。このハンバーグレストランでは人間の拳骨大の大きなフットボール形状の固まりの牛挽肉を、調理場のチャーブロイラー(炭焼きグリドル)で表面に焼き焦げをつけた状態で、熱々に加熱した鉄板に乗せ、客のテーブルに持ってくる。ウエイトレスが、熱々の皿の上のハンバーグをナイフとフォークで真っ二つに切り分ける。肉の中は真っ赤な状態だ。その肉の切れ目(赤身の方)を鉄板に向け、熱々の鉄板の余熱で焼き上げる。店では新鮮な肉ですから生でも安心ですと言っていた。客によってはほとんど生の状態の挽肉を食べる場合もあった。
この食中毒はこのチェーンが腸管出血性大腸菌o-157の怖さを知らず、30年もこの調理を続けていたから大丈夫だと過信したことだ。この菌は新型菌で堺市の学校給食で大規模な食中毒を引き起こし死者を出したので有名になったが、その対策を怠っていたとがめだろう。調理の場合生産性や味の追求だけでなく、安全性の追求を怠ってはいけないのだ。常に最新の情報を入手し、問題を感じたら根本的な対策をしなくてはいけないのだ。 このチェーンは事故の後あわてて調理行程を変更したが、事故によって失った信用を取り戻すことはできないだろう。
あるファミリーレストランが低価格業態を開発する際に調理行程を大幅に改善した。ピザ屋で使っているエアーインピンジメントオーブンというコンベアータイプの高速加熱オーブンを使うことにより、調理の合理化を通じて低価格業態を成立させた。従来はグリドルで両面に焼き目を入れ、グリドル下のオーブンで調理を行っていた。直接加熱型のオーブンであり、調理に時間がかかる欠点があったので、このコンベアー型の高速オーブンを使用した。その結果、時間が短縮するだけでなく、ほとんど自動調理が可能になりトレーニングが簡単になると言う副産物まで生まれた。
従来のハンバーグステーキにはフレンチフライをつけていたのだがそれでは作業導線が複雑だし、ハンバーグが焼き上がった際に同時にフレンチフライが揚がっていないと料理が冷めてしまうと言う問題を生じた。ここでフライヤーをもう一台増設するか、フライヤーを移動する必要が生じた。
このチェーンの商品開発の担当者はフレンチフライの変わりにベイクドポテトをつける方法を編み出した。ハンバーグと同時に加工したベイクドポテトを鉄皿に載せ、コンベアーオーブンで同時に調理しようと言うアイディアだ。これにより導線を変更したり、調理機器の追加導入という大作業をしないでも作業を改善することを可能にしたのだ。
低価格のビュフェで有名になったある都市ホテルではビュフェで大量の食事を捌くために数々の工夫を凝らしてあった。食べ放題なので大量のカレーとシチュウがでるが、それをローレンジの上で一日中大釜で煮るわけだが、調理が終わって冷却層までの移動の際あまりに重いので腰を壊してしまう。大事なシェフが腰を壊しては困る。そこでクレーンを天井に取り付け、大釜を吊して冷却層まで運搬する。クレーンを天井に取り付けると言うと簡単なようだが、厨房設計以前に駆体設計の段階からクレーンのレールの設置を検討しなければならない。と言うことはかなりはやい時点から設計に取り組んでいたことになる。
厨房は細かい使い勝手も重要だ。例えば床を平らにすると歩く際に疲れなくなるし、大量の食材を積んだカートも移動しやすい。床の測溝は何もグリッドの必要はない、グリッドだとでこぼこして疲れる。そこでめくら蓋にし、作業性を向上させる。滑りどめのノンスリップの床も同じだ。調理作業を行い、水や油がこぼれやすい箇所は良いが、保温カートやワゴンの通路は平滑でないと押しにくい、ただし、滑りどめの箇所と平滑の箇所には測溝を設けないと水が流れるのでそれを防ぐため測溝を設ける。
さらに細かい点だが調理には数多くのオーブンや保温機、ワゴン、低温調理器、等を使用する。それらに食品をいれ、調理したり、保温したり、移動したりするわけだ。問題なのは食品を置くトレイの大きさがメーカーによって異なると言うことだ。ホテルパンのサイズでも日本とヨーロッパの形状が異なり、重ねることが出来ない。また、その他にベーキングパンのサイズがまた異なる。それも1/1、1/2などと種類があり、数多く形状のパンが厨房に散らばり、オーブンで焼いた後、保温庫にそのまま入れようとしたら、サイズが異なるので、入れ替えをしなくてはならないなどの作業性上の問題点がある。そこで、全てのトレイサイズを統一したのだ。
衛生上の対策も重要だ。ホテルは宴会のピークにあわせ調理を事前に行い、それを冷蔵庫に保管する必要がある。常温で放置すれば細菌が繁殖し食中毒を発生するからだ。ホテルでの食中毒は案外大手でも起こしている。それを防ぐには十分に大きさの冷蔵庫が必要だ。此のホテルでは冷却を早く行うために冷却層、ブラストチラーを入れている。
厨房デザインは総調理長が設計担当者や新業態開発担当者などと数年をかけて検討し、その結果高い生産性の厨房を実現した。今ではビュフェレストランとして年間100万食を提供する盛況ぶりだ。
以上