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異才の料理人

月刊食堂1996年6月号

新マーケットを創造する異才の料理人(2)

石鍋裕氏 (株)クィーンアリス代表取締役

インタビュアー 王利彰氏


天才的な料理センスを持ち、一皿の上に芸術をつくりあげると表現される料理人、石鍋裕氏の成功はその経営者感覚あってこそといっても言い過ぎではない。ヌーベルキュイジーヌの旗手として脚光を浴びた時、お客が熱狂的に歓迎したのは料理の新しさと同時に、売り方の新鮮さだったのである。

迎賓館に続いて昨年11月にはこちらの大使館もオープンされたわけですが、最近2階で中華も始められています。これはどういう経緯からなのですか。

石鍋

大使館のコンセプトをどのようなものにするかと考えたとき、この建物の湾曲した構造や階段を生かして小劇場というイメージにしたかったのです。それと、厨房が地階と2階の2カ所にありましたので、これを利用するにはどうしようかと。イタリアンも考えたのですが、広尾には中華料理のいい店がないので、中華でいこうと決めたのです。ここでは健康によくて日本人に昔から親しまれている湯葉やコンニャクなどを使って自分なりの中華料理を作っていこうと考えています。

石鍋流の中華を作っていくと。

石鍋

アイディアをどれだけ形にできるか、個性と実力をともなったものにできるかという基礎段階ですので、これから自分の求める中華料理を進めていきたいと思っているところです。

中華の料理人を新たに採用されたのですか。

石鍋

そうです。もともとフランス料理の技法を取り入れるなど、新しい感覚を持っている方です。それに日本人なので僕の考えていることも伝わりやすい。これは大きいです。

しかし、石鍋さんと中華とは意外な組み合わせだなあ。

石鍋

欧米では「洋館に住んで、中華料理を食べ、日本人の奥さんをもらう」というのが最高だといいますでしょう。ペニンシュラにしろ、グランドハイアットにしろ、香港ではそれを忠実に実現しています。ところが日本にはそれが1店もない。これは遺憾だな(笑)と思いました。

今後は中華料理の分野にもどんどん進出したいというお気持ちですか。

石鍋

横浜に開業するパンパシフィックホテルの中華ブースの運営も行うことになっているんです。ここでは僕が4つの部門の総合プロデュースをすることになっていまして、フレンチと中華、それから薪を使ってシンプルで身体にいい料理を提供する大型レストラン、その他にもフレンチのバンケットも担当することになっています。

バンケットも一括して出すわけですか。

石鍋

バンケットではマイクロウェーブを使った今までのホテルとは違うやり方を考えているんですよ。このマイクロウェーブはICを組み込んでいて、例えばだれも真似できないような火の通し方をする名人がいたとしたら、その名人のやり方をデータにとってICにインプットすると同じような感じに火を通すことができます。もちろん、そこから先は料理人の技術なのですが、とにかく面白いですよ、その機械は。

ではそれに石鍋さんのテクニックをインプットするんですね。

石鍋

そうです。まあ実際にどれだけすばらしいものなのか非常に興味がありますので、うちの店で積極的に使ってみて仕上げの部分で新しい技術を開発していきたい。マイクロウェーブを併用していくと和洋中はもちろん、調理も原始的なものからハイテクなものまでカバーできますからね。

マイクロウェーブで味の再現性を確保する。これはチェーンレストランと同じ考え方ですね。マクドナルドなどでもシェフに商品の原型をつくってもらって、大量生産時、それを可能な限り再現するにはどうすればいいかと考える。アプローチは違いますが発想は同じです。それにしても石鍋さんとマイクロウェーブというのも驚きだなあ。

石鍋

新しい技術は何でも好きです。ただ、自分が体験してこれはダメだなと思ったらすぐやめてしまいますが。僕は実体験主義なので体験していないことはやりません。実はマイクロウェーブの導入を機に塾のようなものをつくろうと思っているのです。

人材育成のために機械を導入するということですか。

石鍋

料理学校を出ただけでは、まだ使いものになりませんので、現場半分、勉強半分で徹底的に教えていこうと。普通の学校とは違いますから、語学にしてもスパルタ式で完全にマスターさせ、フレンチをやりたい子だったら直接フランスで研修させることも考えています。

お話を伺うと、すでに料理人の枠組みから飛び出していますね。

石鍋

この仕事はただ料理を作るだけでなく、最終的には建築であるとか、内装、美術品に至るまですべて自分で目を通していかなければならない。それがあってこそ、社会に色々な影響を与えていくことができるのではと思います。自分の力を過信しているときには色のついた皿は使いたくなかった。真っ白い皿しか使いたくないわけです。ところが、お客様の立場、特に女性の立場でものを見ていくと、やはり室内や器などにも自分の日常にないものを求めたくなる。だからといってアンバランスになってはダメで、全体に対する審美眼も必要なのです。店全体の作り方もシビアであるといえばシビア、ただ料理を作っていたときとは違います。

石鍋さんの料理は和の要素をずいぶん取り入れているといつも思っていました。確かにフレンチなんだけど、タイユヴァン・ロプションなどと比べてみるとそれがすごくよく分かる。

石鍋

フランスから帰ってきたときは、みんなと同じで二ツ星三ツ星のスペシャリテを全部メニューに組み込んでいたのです。分からない奴はお客ではないなんて思って。それはそれでお客様はついていたのですが、あるパーティからコロッと変わりました。

それはどんな経験だったのですか。

石鍋

あるお得意さまが20名のパーティをやるからお前の最高の料理を作れと言われたことがあったんです。そのお客様は毎日のように来ていただいた方なので、スペシャリテなんかを毎日食べていては身体を壊すことになりますから、キュイジーヌ・ブルジョワーズなどのシンプルでピュアな料理をお出ししていました。ところが、ご本人はそれをすごく新しい料理だと勘違いされていたらしく、当日僕が張り切って作ったスペシャリテをパーティでお出しすると、いつものと違う、こんな昔のフランス料理を出すためにみんなを呼んだのではないと言われて。ガビーンときましたよ。

いつごろでしょう。

石鍋

ロテュースの頃ですから、78年ぐらいですか。それでショックを受けまして2週に1回の割合で日本料理店に1年間通って、季節のものを食べるようにしました。そのころから日本料理の方や中国料理の方とおつきあいするようになったんです。

料理が変わったのがその時だったんですね。

石鍋

フランス料理といっても日本は極東だから、極東という地に足のついたものでないとダメなのではないかという考えですよね。日本人はピュアなものを好みますから、余分な工程のない郷土料理やブルジョワーズのものをどうやって自分流に仕上げ直していくかが、僕の第一の作業になっていったのです。

それがクィーンアリス本店で一つの形になった。

石鍋

半分は確信していたのですが、フランス料理を名乗る以上、フランス的なものも入っていないとダメだろうということもありました。それで小さい店なのですが、オマール海老だとか、ブロンの牡蠣などを毎月何百万円も買い支えていたのです。そうしないと次にいいものが入りませんでしたから。これはロテュースの時も同じで、79年頃はキロ5,000円というオマール海老を安く仕入れるためには1週間で10カートン使い切らなければならなかった。そこでコースを一つに絞って食材を全部使い切るようにしたわけです。価格を一律にしたのは売上から何からすべて僕が見なければならないという事情もあったからなのですが。

料理はもちろん、経営管理までしっかり行うシェフは石鍋さんが先駆だったのではないですか。

石鍋

経営管理という考え方は、遡れば16歳の時からあったんです。そのころはイタリア料理店にいましてペーペーだったのですが、器用だったことから色々なポジションを回っていました。それがあるとき総上がりで上の人が全員辞めてしまった。ラッキー、俺がシェフだ(笑)という感じで半年間、16のガキが年上の人を使っていたんです。その時、取引先の肉屋や魚屋と交渉して仕入れ価格を下げたり、肉の掃除やカットなど一時加工してから納品させるようにしたのです。生意気なガキだと思っていたのでしょうが、間違ったことを言っているわけではありませんし、相手もプロですからやってくれたのだと思います。

現在は4店舗を管理するともなるとご苦労も多いのではないですか。

石鍋

そうでもないですよ。特にコントロールはしていません。スタッフのみんなを信じているだけです。1日に必ず1店は訪れていますが、その時も調理場にちょっと顔を出すだけで、後はホールで食事。悪いところをメモしておき、後で注意するぐらいです。

それで4店が4店とも繁盛している。何か秘密があるのではとも思ってしまうのですが。

石鍋

信じることしかないですね。人間には本来すごい才能がかくされているので、それをいかに表に引き出すか、自分が習っていたときもそうでしたが昔は大切な技法は教えないというところがありました。しかし、今の時代は流れが早いですから隠していても意味はない。それよりどんどん公開していって早いうちに色々な経験をさせて、いい人を育てていった方がいいと思います。といっても、今は人様のところで講習会をするばかりで自分のところではやっていない状況なんです。これからは年4回ぐらいはうちでやらなければと思っています。 <10年後に世代が交替したら正統派フレンチの核になる>

石鍋さんはバリバリの正統派フレンチの人かと思っていたのですが、中国料理にアプローチするなど、KIHACHIの熊谷さんと共通する部分も多いですね。

石鍋

熊谷さんのやっていることはすごくよく分かります。いい意味でのライバルですし、友人ですから。

お二人とも本場のフランス料理からスタートされていますが、和食や色々な要素を取り入れて日本のフランス料理を作った。ただ熊谷さんはそこから更に離れ、無国籍化していったのに対して、石鍋さんはフランス料理を守っていますね。

石鍋

僕が無国籍といった方向にいかないのは、後10年ぐらいもするとフランス料理の世界で自分より上の世代がいなくなることが分かっているからです。だからフランス料理できちっとした核を作った方がいいと戦略的に思っています。できれば日本の迎賓館の厨房をうちに任せてもらえるようになればそれが一番いいかなと。

正統派フレンチの最高の地位を目指すということですか。

石鍋

最高の地位といいますが、今のホテルのフランス料理では絶対にできない方向性を打ち出していく必要があると思います。一方で、今度横浜のホテルでやるようなことが成功すれば、他のホテルからの要望もでてくると思う。その地域にあわせて色々開発していくことができたら、うちが多数派になっていきますよね。世の中数の勝負ですからどちらのフランス料理がいいかということになったら、多数派の方にコロリと変わる可能性もある。それが僕の大きな構想なのですが、まあ、そううまくいくとは限りませんが。

すごいなあ。野望ですね

石鍋

野望というわけではありませんが、この世界をずっと見渡してきたのだけれど誰もやろうとする人がいないんですよ。マイクロウェーブを使った技術を確立するにしても軸となるきちんとしたフランス料理の技術が絶対に必要ですし、食材を扱うにしても同様です。イモならイモで、どの時期の何という品種が美味しいのか見分けがつくようでなければいけません。しかし、料理人でもそれをわかっていない人が多いのです。本来そのようなことはあってはならないことで、そういう理念の部分もしっかり取り入れて日本独自の感性を持ったフランス料理をきちんと組み立てておかなければならないと僕は思っているのです。

その一方で、今回中華に取り組んだように新しい方向も考えていくわけですか。

石鍋

ええ、50歳になったら日本料理をやります。日本料理はずっと食べ続けていますし、これは是非やりたい。あと60歳になったら自給自足の休暇村のような施設をやってみたいですね。

石鍋さんの日本料理ってどんな感じだろう。それは楽しみですね。

インタビューを終えて

すでに4店舗を展開しているクィーンアリス。各店の運営やメニューはそれぞれのシェフに任せているといいながら、どの店に行ってもクィーンアリスらしいバリューを感じさせる点はさすがである。マニュアルやレシピという標準化ではなく、人を信じるという石鍋イズムによる標準化を成し遂げているということだろう。その一方で、若い料理人を合理的に育てる教育機関の設立や最先端技術の導入も検討している。チェーンレストランもうかうかしていられないと痛感した。

女性の心を離さないマーケティングセンス

76年にフランスから帰国した石鍋氏は、名店ロテュースの看板シェフとしてフランス料理のファンの間で熱烈な支持をされた。特にフランス料理ファンでもない人々にまでその名を知られるようになったのは、オーナーシェフとしてクィーンアリスをオープンさせてからのことになる。

82年4月、西麻布の住宅地の一角にオープンしたクィーンアリスは、あっという間に女性たちの圧倒的な支持を受けるようになった。人気シェフの店ということで女性誌で頻繁に取り上げられたこともあるが、住宅地の1軒家という隠れ家的な雰囲気に加えて、価格の手ごろさも人気を獲得する理由の一つだったといえよう。

当時はランチで3,000円、ディナーで7,000円というワンコースのみで、内容はシェフのお任せ。ワンコースだけだからロスがでない。だからこそ、この価格で価値のある内容を提供できたわけだが、この価格設定が見事に"はまった"のである。OLはもちろん、学生でもランチならばそれほど無理をすることなく食べに行くことができる。しかも誰もが同じコースを食べるわけだから、当時の流行言葉であったマルキンマルビを気にすることもなかった。

「アンノンのおねえちゃんから皇族まで」をターゲットとするという石鍋さんの戦略は見事にヒットしたのである。

単価は若干下がったものの、この手法は現在も変わりはない。石鍋さんのマーケティングセンスはそれだけ卓抜なものであったという証左であろう。むしろ迎賓館や大使館は店づくりもスケールアップしており、相対的な価格訴求力はアップしているといってよい。だからこそ、バブル崩壊にも引きずられることなくクィーンアリスは繁盛し続けているのである。


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