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2010年9-10月号デリー


日本の食文化をつたえる このメニュー 第5回目 インドカレーの老舗 デリー

 土曜丑の日には鰻の蒲焼きを食べる方が多いだろうが、筆者はカシミールカレーを食べて爽快感を味わう。
カシミールカレー元祖のデリー創業者の故田中敏夫さんの実家は味噌・醤油などを扱う食品会社だった。戦前、敏夫さんは商社マン(国策会社)としてインド、パキスタン、スリランカに長年駐在し、油や石鹸の原料となるコプラ(椰子の固形油脂分)の国内輸入を行っていた。その経験からインド料理に親しむようになっていた。
終戦時に35歳だった敏夫さんは生活のために、実家の食品工場の経験を生かして佃煮の製造販売を行う田中食品工業を設立した。しかしながら、時代とともに食文化が変わり佃煮の製造が斜陽産業になったため7年後に廃業した。生活のために次の仕事を考えて、家族でも出来る簡単な仕事がないかと考え、ひらめいたのがカレー屋だった。インド駐在時にメイドさんや友人宅で食べていたおいしいカレーを思い出したのだ。そこで、「あのインドカレーを日本に紹介しよう」と一念発起し、中央大学の学生食堂からスカウトした料理人と共にインドから取り寄せたスパイスを使い、現地で食べていたカレーを再現することにした。インドのカレーは小麦粉のナンと一緒に食べるが、日本人の場合はご飯だ。本格的なインドカレーの香りを維持しながら、ご飯に合うようにするにはどうすればよいのか試行錯誤を繰り返し、醤油や佃煮製造の知識を生かし、ご飯に合うカレーを作り上げ昭和31年、上野にデリーを奥様のやす代さんと一緒に創業した。看板にはインド・パキスタン料理となっているが、戦前にはまだインドとパキスタンは分離しておらず、そのため、インド・パキスタン料理と名乗ったのだ。
最初は本格的なインドカレーを作り、次に日本人にも食べやすいマイルドなカレーとしてデリーカレーを作った。この2つがデリーの基本的なカレーだ。次に、インドカレーよりも辛いカレーを要望され、昭和35年にインドカレーをベースに激辛のマドラス・カレーと言うカレーを考案した。販促用のチラシを作る時にどういうわけか、間違って商品名をカシミールカレーとしてしまった。カシミールは北の都市であり、カレーはあまり辛くない。だが敏夫さんはこれも面白いとその名前を使い、デリーの名物の激辛カシミールカレーが誕生したのだ。だから、カシミールカレーと名乗っている激辛のカレーはデリーの真似となるわけだ。
現在の当主の源吾さんは早稲田大学在学中からファッションを取り扱う株式会社サザビー(現在は株式会社サザビーリーグ)で働いて営業マンとして活躍していたが、奥様の麗(うらら)さんと昭和56年に結婚することになった。その結婚の条件が田中家に婿養子として入り、デリーの経営を受け継ぐことだった。レストラン業に不慣れな源吾さんは、インド料理の勉強をしようと敏夫さんにお願いしたら、インドから分厚い本格的な料理を取り寄せてくれたばかりか、インド国立料理学校(Institute of Hotel Management, Catering Technology & Applied Nutrition (IHM-H) http://www.ihmhyd.org/ )の短期コースに送り出してくれた。1月間、朝から晩までカレー漬けとなり、本格的なインド料理を身につけ、華やかなファッションの世界から地味な料理の世界に転身を遂げたのだった。筆者は源吾さんにあるカレーの開発をしていただいたことがある。辛くするには唐辛子を入れるが、入れ過ぎると美味しくない、その辛さを和らげるのに旨味を出すニンニクを入れる、そして入れる脂の種類を変えるなどその微調整はみごとなもので、昔から料理人ではなかったのかと思わせるほどだ。
デリーのカレーはチェーン展開しているカレーとはちょっと異なる。セントラルキッチンで調理したカレーを使うのではなく各店で料理人が丁寧に作り上げているのだ。辛いカシミールカレーを食べるときに欠かせないサラダのドレッシングも店舗で手作りだ。カレーには玉ねぎが欠かせないが、産地や時期により甘みが異なる。それを加味してデリー基準の一定の味を出すには調理人の腕が必要であり、各店の調理人にはレシピーを90%は厳守させるが、10%は自らの判断で変更ができるようにしている。だから、厳密に言うとお店で若干味が異なるかも知れない、でも、それがデリー本来の味なのだ。現在は創業の上野の他、銀座、六本木ミッドタウンにお店がある。銀座は高級なインド料理主体、六本木ミッドタウンはカレーと軽いインド料理を出すし、ビルで働く人のためにテイクアウトもできるカジュアルインド料理店だ。その店舗群で私が一番好きなのはデリー原点の上野のお店だ。カウンターとテーブルで合計17席の小さなカレー専門店で、常連はカウンターに座る。カウンターで座って食べていても気を抜けない。変な食べ方をしたり、注文をすると同席のお客様からすかさず注意が入る。お客様が激辛のカシミールカレーを水を飲みながら食べて「うわ―辛い」と悲鳴をあげたら隣のお客様が「カシミールカレーを食べる時には水を飲みながらはだめですよ。辛さは舌のざらざらした味蕾(みらい)が感じるのです。カレーの唐辛子成分が味蕾(みらい)について辛さを感じますが、それを水を飲んで洗い流すと、次のカレーの唐辛子成分が余計に辛さを感じさせるのです。水を飲まないでいると味蕾(みらい)が辛さに慣れて、辛さを感じなくなるのですよ」と丁寧に説明してくれたそうだ。そのお客様は常連の東大医学部の教授だったのだ。その他、東大の教授等、高度な知識を持った方や、50年も通っている常連の方もいるから、気を抜いて食べてはいけない。でも、ちょっと緊張しながらカシミールカレーを食べて一汗かくのが楽しいお店だ。
見事に先代の敏夫さんやす代さん夫婦からデリーの伝統をつけ継ぎ、常に美味しいカレーを模索してる源吾さん麗さん夫婦にも3代目の後継者ができた。長女のももさんは六本木ミッドタウン店長を務め現在は経理と商品開発を担当している。学生時代にNPO等の活動でネパールにしばしば訪問した経験を生かし、初代のお米に合うカレーに加えて、ナンにあうリッチカレー、バターチキンカレー、チキンココナツマサラカレー、荒引きビーフキーマカレー、等の現代的なカレーを開発している。長男の源(げん)さんは大学卒業後、オーストラリアに1年滞在し、帰国後自らデリーで働くことを希望し、現在は六本木ミッドタウン店の店長を務めている。老舗のデリー3代目が開発中のカレーの味が楽しみだ。


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