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「海外情報 外食事情Overseas」
イタリア プーリア地方 の 食文化 第3回目


 「美味しいプーリアツアー 2009」報告  3

5月5日(火) 4日目  広大な塩田の見学、SCのカフェテリア、世界遺産の謎の城、サンタクロースのお墓、浜辺の魚介料理

プーリア州の北に位置するフォッジャ県Foggiaまで足を伸ばすため、昨日よ早い時間、8時半にスタートした。チステルニーノ市Cisterinoを過ぎ、そのままアドリア海側 Mare Adriatic に降りて海沿いの高速道路に乗って120kmほど北上する。青いアドリア海を右手に、古木の林がところどころに広がるオリーブの海を左手に見て一路北へ走る。かなり走っても、ところどころブドウ畑やイチジク畑が混じりますが、オリーブの海が途切れることはない。途中、プーリア州の州都バーリを通り過ぎる。
北に行くに従ってオリーブは幹が細くなる。「南と種類が違い、南は太く大きくなりその実は小さくオイル向きのものだが、北になると幹が細く実は大きい食用向きの種類になる。幹が細いからといって樹齢が若いわけではない。」と説明を受けた。
Cisterino市
http://www.comune.cisternino.brindisi.it/comune/
http://en.comuni-italiani.it/074/005/

11時20分、フォッジャ県Foggiaマルガリータ・デル・サボアMargherita dl Savoiaの  「サイ−サリ・アリメンタリ Sai Sali Alimentari」という製塩会社に到着。アドリア海の塩を製塩しています。イタリアの塩の生産はこことシチリア島の2カ所で行われているということだ。工場付設の本社事務所は塩田が広がる中にある。まるで広大な白い海の中にポツンと工場が建っている趣だ。実際には、塩田の9割近くは事務所のあるところからさらに北に広がっている膨大な天日干しの塩田だ。この会社は、その塩田の20%を保有している。

Foggia州
http://www.italyworldclub.com/puglia/foggia/
http://en.wikipedia.org/wiki/Foggia
http://www.manganofoggia.it/index1.htm
http://en.comuni-italiani.it/071/024/index.html

経営者とその若き後継者が出迎えてくれた。案内と説明は、その若き大学卒業したてのイケメンの後継者が英語でしてくれた。早速外回りから案内されます。工場近くの空き地に大きな塩の丘がある。少ないとはいえ雨降りの日もあるだろうに、露天で溶けないのかと質問すると「多少は溶けるが、それにより表面が固くなりそれ以上中に水が染みこまないので大丈夫。雨によるロスは想定内」ということだった。塩田から塩をすくい取るときに砂が混じらないのかという心配には「塩田に海水を入れて天日で水分を蒸発させるが、1年間で約20センチほどの厚さになる。1メートル、つまり5年間堆積させてからすくい取るので、砂が混じることはない」とのことだった。
昔ながらの塩田は日本では殆どなくなっているが、その大きな原因は海水の汚染だ。人口が多く、川が海を汚染するからだろう。日本の塩は海水から作る場合もイオン交換樹脂などを使用する純粋な塩ですからちょっと物足りないのだ。このプーリア地方の特徴は石灰岩の上にあると言うことと、川がほとんどないと言うことだ。川がないのがこの地方のアドリア海がきれいな理由のようだ。雨水や生活排水は地中から海に流れるのだが、石灰岩がその水を奇麗にすると言うメリットもあるのだろう。そのため、海水は清浄なままで昔ながらの塩田で塩を作ることができるのだろう。
工場は塩田から集めてきた塩を水で洗い流し、粒子の大きさ別に分類し、乾燥、そして袋詰めの簡単な工程だ。工場内の機械類は塩分で錆だらけで決してきれいとは言えない工場だが、塩分がほとんどだから衛生的な問題も発生しないのだろう。
袋詰めにされた塩には顧客別のブランドを付けている、自社のブランドもあるがPBの製品が多いようだ。
イタリアでは塩をサリ(SALI)というが、古代ローマの頃兵士の給料代わりに塩が支給されたところから、「サラリー」(給料)の語源になったといった逸など勉強になった。
燦々と太陽が照りつける小一時間の見学だったが、汗を殆どかくことはなかった。地中海式気候でからっとしているからだろう。水蒸気が発散するのが早いので塩田には最適なのだ。工場見学の後は塩をお土産にいただいた。重いのだがアドリア海訪問の記念に持ち帰ることになった。
この会社の製品は、日本でもいくつかの企業が取り扱っており、「地中海の天日干し塩」といったキャッチフレーズで販売されている。

Sai Sali Alimentari HP
http://www.saisali.it/inglese/dove_siamo.htm
日本でもフーデックスに出展していたそうだ。
http://www.ice-tokyo.or.jp/foodex2009/company/0130.html
アドリア海の説明
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%89%E3%83%AA%E3%82%A2%E6%B5%B7

12時30分に塩田を後に、少し南に下った海沿いにある大型のショッピングセンターへ向かった。13時頃バーリ県Bariトラーニ近くの「チェントロ・コマンチャーレ」というショッピングセンターに到着。建物周辺に広い駐車スペースを取ったアメリカ式の、かなり大型のもので建物の外観は米国のアウトレットのような簡素だが大型の天井の高い作りだ。
核店は「ipercoop」という生活協同組合が経営している総合スーパーマーケット(日本的にいえばスーパーマーケットとホームセンターが合体したような業態)で、かなり広いスペースを取っている。専門店の数も多く、H&Mやいくつかのブランドショップもあった。
http://www.e-coop.it/portalWeb/coop.portal;jsessionid=ySX8KlcL2gL00FTzgpFYFZLBbynZnGlR6Q8Q57h4k7FJ38q0NWry!29369?_nfpb=true&_windowLabel=localizza_2&localizza_2_actionOverride=%2Fportlets%2FLocalizza%2FsetCoop


ここのカフェテリアMezzodiで昼食を取ることになった。カフェテリアのメニューは、アラカルトと前菜を数種類に主菜のセットメニュー。どちらも最初にコースを決め料金を払い、ケース越しに注文して店員が皿にのせてくれる方式。ケースカウンター内に3人ほど要員がいるが、日本のカフェテリアと違って、彼ら一人一人が客一人一人に対応してあちこちに動いて注文メニューを取ってくる。
カフェテリアだがさすがイタリアと感心させられるのは、ワインやビールもあることだ。メインの料理は牛豚の肉や魚(カジキマグロ)などだ。それに、付け合わせの野菜類を3種類ほど選ぶ。その他、パンもついてくるボリュームたっぷりの料理だ。主菜もボリュームたっぷりだが、野菜はそれこそ山盛りで、お腹がいっぱいになるが、美味しい微炭酸入りワインですいすい入ってしまった。薄味で脂っこくないので気楽にイタリア料理を食べるのに最適のお店だ。

その後、館内を見学したが、ipercoopの食品スーパーは巨大でとても数十分では全部拝見することができなかった。

14時40分、SCを出発して同じバーリ県のアンドリア近郊にある世界遺産の「カステロ・デルモンテ」に向かう。
世界遺産とはユネスコが認定するもので、ユネスコの定義によれば「文化遺産」「自然遺産」「複合遺産」の3つに分類されている。

そして、
(1) 人類の創造的才能を表す傑作である。
(2)ある期間、あるいは世界のある文化圏において、建築物、技術、記念碑、都市計画、景観設計の発展における人類の価値の重要な交流を示していること。
(3)現存する、あるいはすでに消滅した文化的伝統や文明に関する独特な、あるいは稀な証拠を示していること。
(4)人類の歴史の重要な段階を物語る建築様式、あるいは建築的または技術的な集合体または景観に関する優れた見本であること。
(5)ある文化(または複数の文化)を特徴づけるような人類の伝統的集落や土地・海洋利用、あるいは人類と環境の相互作用を示す優れた例であること。特に抗しきれない歴史の流れによってその存続が危うくなっている場合。
(6)顕著で普遍的な価値をもつ出来事、生きた伝統、思想、信仰、芸術的作品、あるいは文学的作品と直接または明白な関連があること(ただし、この基準は他の基準とあわせて用いられることが望ましい)。
(7)類例を見ない自然美および美的要素をもつ優れた自然現象、あるいは地域を含むこと。
(8)生命進化の記録、地形形成において進行しつつある重要な地学的過程、あるいは重要な地質学的、自然地理学的特徴を含む、地球の歴史の主要な段階を代表とする顕著な例であること。
(9)陸上、淡水域、沿岸および海洋の生態系、動植物群集の進化や発展において、進行しつつある重要な生態学的・生物学的過程を代表する顕著な例であること。
(10)学術上、あるいは保全上の観点から見て、顕著で普遍的な価値をもつ、絶滅のおそれがある種を含む、生物の多様性の野生状態における保全にとって、もっとも重要な自然の生育地を含むこと。
と定義され、現在までの世界遺産登録件数は878件となっている。国別に見てみると1位がイタリアで45件、2位がスペイン40件、3位が中国37件、そして日本は現在15位で14件とイタリアの世界遺産が際立って多いのがわかる。
 
プーリア州には2つの世界遺産、アルベロベーロ(石造りのトンガリ屋根住居群)、本日訪問のカステロ・デルモンテ城があり、今回の旅ではプーリア州に隣接しているバジリカータ州のマテーラ(洞窟居住)も含めると3つの世界遺産を見学することになった。

カステロ・デルモンテ城は、後世に天才皇帝といわれ、「王座上の最初の近代人」と称せられた中世ヨーロッパ、13世紀前半の神聖ローマ皇帝フェデリーコ2世が建造したものだ。当時のヨーロッパ、特にイタリア、ドイツ、教皇領を軸とした複雑な政治模様を反映して、ある意味数奇な人生を送り、アンチキリストともいわれた皇帝だ。ドイツ生まれで母の故郷シチリアで育ち、後にドイツからイタリアに至る広大な土地の支配者の皇帝となる。また、語学文化に造詣が深く9ヶ国語を自由に操り、当時のヨーロッパと敵対していたイスラム社会とも交流を深く持っていた。そして、特にプーリアを深く愛し、趣味の狩猟のためにカステロ・デルモンテ城を建立し、後にプーリアで亡くなった。
http://www.asahi-net.or.jp/‾rb5h-ikd/puglia/federico.htm

そんな皇帝の説明を受けながら、15時10分、小高い丘の上にそびえる八角形の城、カステロ・デルモンテに到着。オリーブとブドウの畑に囲まれた小高い丘にピンクがかった白い城がそびえたっている。
バスは丘の麓までで、そこからシャトルバスに乗って丘の頂き直下まで昇った。バスでは、遠足(校外授業)の小学生一行と一緒だった。東洋人が珍しかったようで、興味津々の眼差しと、何人かは積極的に話しかけてきてしきりに中国人かと聞く。彼らには中国の方が日本よりも知名度がはるかに高いようだった。
歩いて最後の坂を上り、城の正面に立つとその威容に圧倒される。「8」にこだわったところからもイスラムの影響を受けているというし、色の混ざった美しい大理石の柱や大きな暖炉あとなど、往時を偲ばせるものも多く残されている。
この地方名産のややピンクがかった石灰岩を切り出して積み上げたもので、八角形の八つの頂点に、また八角形の塔が建てられている構造となっている。そして、内部は中央に八角形の吹き抜けがあり、その上には、かつては黄金のドームがあったとされる。2階建てで、真ん中の吹き抜けを囲むように1階、2階にそれぞれ8つの回廊部屋がある。城とはいえ、軍事的な機能がない。兵士のための宿舎もなく壁に銃眼も開けられていない。また、逃げ道としての地下道も存在しない。防御も攻撃も意図されていない、狩猟用の趣味の城という珍しい存在だ。フェデリーコ2世の死後(1250年)、この城は略奪されたり牢獄として使われたりうち捨てられて荒廃するなどの運命を辿った。それを1876年、国が破格の安値で買い取り長い期間を掛けて修復して、1996年に世界遺産に指定された。
16時40分、世界遺産をあとにして、17時30分に州都バーリに到着した。バーリは港町で大きな船が着岸できることから、古代からアドリア海を隔てたイスラムの国々などと交流を持っていた。旧市街地は高い城壁に囲まれており、その中央にはサンタクロースのモデルであるサン・ニコラの墓所教会San Nicolaが佇んでいる。
旧市街の中にあるこの教会は、1087年にビザンチン世界にあった小アジアの聖人「サン・ニコラ」の遺骸を、バーリの船乗りたちが盗み出して持ち帰ったときに建てられたもの。サン・ニコラ教会の存在は、いまでも聖地として国内外の巡礼者を引き寄せている遺骸は教会の地下に安置されている。地下のお墓はお参りができるようになっており、多くの信者や観光客が参拝をしている。
 教会の横には修道院が設置され、現在も修行僧が数多く祈りをささげている。
http://jp.itait.net/bari+index.id+3.htm

18時20分バーリを出発し1時間ほど海岸線を走り、ファサーノFasanoの近くの海岸沿いの町に到着。レストランに行く前に小さな漁港に立ち寄った。この漁港には魚屋の他に何件ものお洒落なレストランが林立している。ちょうど葉山のラ・マーレド茶屋のように雰囲気のあるレストラン群だ。古い漁港なので古臭い魚屋を連想していたが、ガラス張りの瀟洒な魚屋で清潔感ある店だった。氷が敷き詰められたショーケースには蛸、烏賊、鱸、アラータ(黒鯛)の他に、ベラやオコゼ系の小魚が並べられていた。また、活魚槽もあり、クエ系の大型漁が泳いでいる。奥の作業場をのぞいたら大きなマグロを解体しているところだった。思わず、刺身にして食べたくなってきた。
 食欲が出てきたところで、近所のレストランリストランテ・フォルカテラ Ristorante Forcatella に入る。漁師が家族でやっている店、という話しだが、とてもお洒落なリゾートレストランのたたずまいだ。
海岸沿いのレストランだから、アドリア海で取れた新鮮な魚が売り物だ。白ワインのGravinaを飲みながら、前菜のトマトのブリスケッタに始まり、カジキマグロの生スライスレモン添えはオリーブオイルと塩味のさっぱりした味だが、お刺身のように美味しい。私はあまり烏賊は好きではないのだが、このお店の軽くボイルしてカットしたコウイカ、丸のままの小型のコウイカのボイル、はこりこりしてワインのお伴に最高だった。メインはボイル蛸のオリーブオイルソースがけとカジキマグロのグリル。この大ぶりの蛸も美味であった。全体の味付けはうす味で、軽く調理をして素材のお魚の美味しさを消さないようにしており、日本人にはぴったりだ。後は、リゾットとデザートのシャンパンベースのシャーベット。
食後、シェフが出てきて挨拶をしてくれたが、若い女性シェフだった。このお魚中心の料理があるならプーリアに住みたいなと思わせられた。
Ristorante Forcatella のHP
http://www.ristoranteforcatella.it/ は使われていないようで
キャッシュでご覧ください。
http://74.125.153.132/search?q=cache:http://www.ristoranteforcatella.it/
その他の紹介HP
http://www.2spaghi.it/ristoranti/puglia/br/fasano/ristorante-forcatella

建物内外装
http://www.hotelalberghi.info/VediMacro.phtml/sLang/IT/IDMacro/744/RistoranteForcatella/RistoranteForcatella.html

魚介がお腹に入った嬉しさを味わいながら、22時30分レストランを出る。ホテルには、23時20分到着、ロングドライブの疲れを取るべく、早々に就寝。


続く
<参考資料>
今回の視察旅行には、長年商業界飲食店経営、ファッション販売、などで編集長を務め、2009年4月より名古屋文理大学健康生活学部フードビジネス学科教授を務めていられる石川秀憲先生にご同行をいただき、そのレポートを筆者の主宰するメーリングリストとメールマガジンに執筆いただいた。今回の原稿においてはそのレポートを参考にさせていただいている。http://www.nagoya-bunri.ac.jp/cgi-bin/teacher/index.cgi?gakka=

 


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