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オフィス2020 2000.3(VOL.178)
「誌上討論2000年!」


マーケティング大賞選考委員会 

「外食ビジネス」の巻
戦国時代のフードビジネス
いま地力を持つ店や企業はどこか?

もう小手先のアイデアや話題づくりだけではごまかせない。本格的なイノベーションが問われる時代がきた!

参加者

コンビニとの死闘開始! マックの平日半額化の衝撃

松坂)いよいよ2000年。外食産業が日本に本格的に誕生したのが、1970年の大阪万博ということですから、ちょうど30年。産業自体の年齢的にも大きな節目ということになりますね。

神山)70年前後にKFCやマクドナルドなどの外資系フードサービスが登場して、一方で、すかいらーくやモスバーガーなど民族系企業の優秀なものも出てきた。言ってみれば、この年を境に外食産業をリードするプレイヤーが交代していった。それが30年たって、また新たなプレイヤーが舞台に現れて、かつての改革派が今は守旧的な企業になってしまったところと交代しつつある。そんな予感がする世紀末ですよね。現実にはすかいらーくもロイヤルもまだまだ頑張っているんですが、その放つ光の量は相対的に減ってきている。

古田)どんな業界だって、選手の交代はあるのですからびっくりするほどの話じゃない。ニュー・トーキョーとかコックドールとか70年ごろの大スター格の企業は、すかいらーくなどの新勢力に駆逐されてしまった。そして今の大チェーンと称するものは、競合相手としてコンビニの食品群にシェアを奪われたということはありますが、それはどうこうではなく、図体が大きくなったが故に企業全体にイノベーションがなかなかできない。それが外食産業の2000年問題だと思うんです。

島田)外食が産業化されたのが70年。これはファッションの世界も旅行の世界も同じですね。古田さんがおっしゃるように、新興勢力が生まれて、それが陳腐化していくプロセスはまったく同じ。結局、ファッションもそうなのです。品質がよくて手の届きやすい価格になっていく。それが70年代、80年代を通じて顧客をゲットしていくのですが、その裏側でブランドの風化が始まって、しかも買い物する環境がどんどん悪くなっていく。悪くなるというよりつまらいないものになっていく。

要するに品物自体はよくなっても、それを売る環境がよくならないから、お客にとって、その企業全体がすこぶる居心地の悪いものになってしまう。そういう現象は、たとえばファミリーレストランなんかに典型的に言えることじゃないかと思いますね。じゃないと、渋谷109のエゴイストのカリスマ店員のもてはやされ方なんかが説明できない。ああいうのは、既存のアパレルの人たちに言わせれば、「邪道」の一言なんだけれど、じゃあ、あなたがファッションのトレンドを提案しているか、と問えば、それはできていない。 外食産業の世界でも、既成の企業がせせら笑うようなことをやっているところが、案外、次の時代の主役になるかもしれない。この30年間というのは消費者が「洗練」されてきた30年という見方が必要じゃないでしょうか。

松坂)いきなり「フードサービス」産業の「フード」はともかく「サービス」の部分に業界体質変化のきっかけが含まれている、といった根本的な議論になってしまいますね。

神山)その議論は後でたくさん出るでしょうが、サービス論を戦わせることの落とし穴は、やはり価格という視点を欠落させてしまうことでしょう。何だかんだ言っても、外食がコンビニに勝てる価格を打ち出せるか。そこも大事なポイントです。だからこそマックのハンバーガー平日65円のウィークデー・スマイル作戦の意味もある。王さんはあれをどう見ていますか?

王)これまでやってきた半額セールスがマンネリ化して、それほど効果が出なくなったので始めた一手と見てます。要するに、マックの仮想敵国はコンビニですから、それに対しての挑戦状という意味ももちろんあります。

古田)アメリカのマックでも29セント、39セントの価格プロモーションをやっていますから、別に驚くほどのことじゃありませんよ。

王)ウィークデーに限り半額というのを打ち出したのは、結局、売上個数を伸ばすのにはウィークエンドでオンさせるより、平日のかさ上げを図ったほうが従業員の配置と絡んで生産性がよくなるという判断でしょう。ビジネスはなるべくオフとピークの差が少ないほうがいいですからね。

松坂)ますます、マックは財布の中身が乏しい時に行ける食事所になっちゃいますね。

王)もともと、そういうところだったと考えればいいんです。

島田)でも、この価格半分で若者たちの一種のたまりば的な要素は温存されますね。「場」としてナチュラルに存在することが、いま大事ですからね。

王)それで、いま、クルーたちの接客も一律化した会話はやめて、自分たちの頭で考えたトークで接客しろ、というふうになっています。彼女たち、カウンター越しですが意外に接客はやりますよ。そうなると、それなりに若者たちにとっての休息の場的な機能はしっかり保てるわけです。

古田)それは僕も認める。FFとか弁当販売は接客といっても、商品引き渡しとレジ打ちのごく短い時間しか許されない。だから、ここで感じよく思ってもらわないと、やっぱり客足は遠のく。接客時間の長いファミリーレストランのサービスが低下しているのと正反対のことが起きている。僕はかつて家電を売っていたんですが、家電の最大の弱点は何か。それは電気を使っているからコードがあること。それでどれだけ売りにくかったことか。 そういう論法でいくと、テーブルサービスレストランの最大の弱点はテーブルと椅子があることになってしまう。テーブルと椅子があるから、お客にとって「サービス」になるんじゃなくて、テーブルと椅子にまつわる「楽しさ」があるから、FFじゃなく、コンビニでもなく、食事をしようということになるんです。FRの人たちには、そんな簡単な理屈が見えていないところがありますね。

サイゼリヤのプロダクトフォーカス作戦

神山)のっけから「価格志向」議論の旗色が悪いんですが、サイゼリヤが話題のドリア290円を主力武器に突っ走っています。この間、自宅の近くのサイゼリヤで食事をしていたら、隣のブースの若者が「サイゼリヤっていいよな。うちの近くに欲しいなあ」って言ってました。こういう風な認知のされ方は、サイゼリヤと中華のバーミヤン。このあたり、専門色の強いディスカウンターが、いわば「食の世界のユニクロ」みたいな低価格での「ブランド」になったという議論が出てます。

島田)ユニクロがどういう性質のブランドなのか。少なくともシャネルとかエルメスとは違ったブランドの成立ですから、それは慎重に吟味しなきゃいけない問題ですが、フリースの上着800万着というのは尋常な数字じゃない。ユニクロの服は安いわりに色も豊富だし、当座の用に間に合うというような、極めてカジュアルな動機をしっかり満たすということです。飽きればタンスに放り込んでおいても無駄遣いした気分ではないという、価格帯でも安心感があるのです。それをブランド力というなら、マックにもサイゼリヤにもそれなりのブランド力はあると思いますね。

松坂)ユニクロはプロダクトフォーカスといって、フリースウェアに全力を傾注して展開したんですよね。とにかくものすごいボリュームディスプレイで圧倒されるけど、買い物している人を観察すると、フリースだけじゃなくて、他のものも購買している。組み合わせ購買に耐えられる価格帯なんです。ユニクロで買い物するのに家族会議は必要ない。そんな安心感がこれまでのペダンティックな記号を身にまとうみたいなスーパーブランドと違う意味でのブランド力になっているということかな。

古田)僕は全面的にサイゼリヤに賛成したくはないけれど、評価するならワインを安く売ろうとしていること。これは従来のFRにはなかった姿勢です。でも、290円のドリアは決して空極の一品とおもわない。あの店に行ってドリアだけ食べて、あと水を飲んでいるお客は決してハッピーに見えない。さっき、ユニクロの組み合わせ購買の話が出たけれど、あれに100円台のサラダとかサブアイテムがあると、グーンと食卓が豊かになると思う。

神山)そういう批判はあるだろうし、接客も古田さんレベルの評価だと、多分荒っぽいと思うけれど、とにかく「イタリアン」という世界にスペシャライズして、ミールだけじゃない、食事の「シーン」をあの客単価800円の世界でつくろうとしているのは、大変なことだと思います。

王)僕は単純に既成のFRの値段が高くなりすぎたので、サイゼリヤに人が集まっていると見ている。サイゼリヤ自身に内在する商品開発力は否定しないけれど、それよりも既存勢力の手抜きの結果、独り勝ちになっているという意見。

古田)日本はFFとFRの価格が開きすぎた。アメリカでは日本のように500円と1000円といった倍の差はない。マックでの食事が3ドル50セントくらいなら、デニーズで4ドル50セントくらいですむ。日本は明らかにメニュー構成が高いゾーンで形成され過ぎていたと思います。

島田)でも、800円台。これまでのFRの八ガケの線で、専門店の色彩を失わなかったことが勝因ですね。客単価が安くなると、どうしてもブランドイメージも低いほうに引っ張られやすいけれど、専門店という枠組みで随分イメージ的に得をしてますよ。

松坂)そのあたりが「何でも屋」にしかなれなかったガストとの差ですね。僕はもう日本の消費者は「新しい売り方」にはあまり感激がなくなって、訳のわかったものをしっかり、安く、きれいに食べたいというふうになっていると思う。だから、業態論より業種論でいいという考え方。サイゼリヤは想像以上にイタリアンなるものにこだわっていると思う。だから、近くにあればいいな、ということになる。バーミヤンだって同じでしょう。

神山)それなんですよ。サイゼリヤは客数を拡大させながら、イタリアンという「業種」イメージを拡散させていない。多くのFRが顧客密着の美名のもとに無限定にメニューを広げていって、結局、客数をダウンさせているのと好対照ですよ。

王)まあ、システム的ですよね。あれは注文取りとお運びつきのFFになっている。

神山)それは考え抜かれている。四種の神器といって、自己申告のドリンクバー、コールボタン、オーダーエントリー、インピンジャーという仕組みを使い切って迷いがない。だから、この価格で売っても売上高対人件費率が20%に収まっている。絶対に他のチェーンがまねできない領域に入っています。

松坂)インピンジャーはガストで有名になった高速のコンベア式のオーブンですね。サイゼリヤはドリアにしてもピザ、ハンバーグやステーキなど結構、インピンジャー対応でメニューを絞り込んでいる。これに比べてガストはインピンジャー対応メニューは半分くらいです。要するに宝の持ち腐れ。

古田)そういうシステム的なのはいい。でも、大事なのはそのお店が楽しいかどうか、でしょう。ワインを売る努力は認めるけれど、僕はあのチェーンの人の密度の薄さは買えないな。

王)主観的な要素の入る議論になるけれど、僕はFFなんだから、あれでいいという意見。

松坂)僕はサイゼリヤにはFFになって欲しくない。カウンターで熱々のドリアを受け取って、自分で席まで持っていくとなるとサイゼリヤではなくなる。お客は古田さんの言うようにいまやファーストフードどころかファスター、ファスティストを求めている。しかしファスティストなのはサーブ(提供)であって、食べるのは急がされたくない。飲み物くらいは自分で面倒みるけれど、追加注文したくなったら、コールボタンでウエイトレスを呼べる。何かあれば、人が出てくる。それで十分というドレスダウンしたサービスがあればそれでいいという考え方もある。

古田)でも、あのオーダーエントリーというのは何とかならないか。あのお陰で、お客の注文をしっかり聞くという接客の原理が置き去りにされてしまった。この間、とあるFRでビールとかいろいろ注文したら、ウエイトレスから「お飲み物はいつお持ちしましょうか?」と聞かれた。「ビールを食後に飲ませるのか」って絡みたくもなる。僕は「調高サ低」と呼んでいるのだけれど、調理はハイテクでどんどんシステム化していくけれど、サービスのほうが追いつかない。先日、アメリカでさる外食産業のトップと話したのですが、彼は最近のテーブルサービス型の失敗は、調理のシステム化ができたのはよかったけれど、サービスまでシステム化したのがお客離れを呼んでしまったこと、と言ってましたね。

「エンターテイメント」が外食でもキーワードになってきた

松坂)古田さんの言うサービスの力というのは、これまでの日本の外食産業ではあまり真剣に語られてこなかった。サービス論があったとしても、最低これだけやっておけばいい、という議論だった。

王)外食の人は店舗見学に行ってもサービスは見ない。FRの人は特に。何を見ているかというと、商品。おいしいとか安いとか、温度管理が同だとか。それも大事だけれど、どういうサービスが行なわれていて、お店の雰囲気がどうなっているのか、それを観察しなければいけないんですよ。

島田)1970年代、80年代は「ようこそ○○へ」式のサービスはそれなりの豊かさの提案だったと思いますが、それで20年続けられると考えるのは、お客の学習能力を無視しているとしか思えない。

神山)初期のデニーズには、アメリカのダイナーってきっとこんなんだとワクワクするものがあった。

古田)アメリカのダイナーだって、よく観察すれば地域密着で結構、おなじみさんサービスがあったんだけれど、日本の外食産業のリーダーたちが学んだのは、お客の流れを「処理」する技術であって、お客を喜ばせる精神じゃなかったことが問題です。

王)そのあたりに気が付いて、まだ未熟かもしれないけれど、接客でレストランとしての「場」の快適性を高めようとしているのが、グローバルダイニングや、ちゃんとフードサービスなど。ちょっと気取りのあるレストランのようですが、接客教育はしっかりしている。グローバルなんて一ヶ月訓練してからじゃないと店に出さないそうです。

松坂)そういう意味では、今アメリカで人気のアウトバックステーキハウスにしてもどこでも、結構、ウエイター、ウエイトレスが一生懸命、お客を楽しませようとしている。楽しませて、ついでに料理も運んじゃうという感じ。これを称して、エンターテイメントとウエイターをくっつけた造語で「ウエイターテイメント」の時代と言っているのです。

島田)エンターテイメントが21世紀始めのキーワードであることは間違いない。さっきも話の出たカリスマ店員とかカリスマ美容師も、要するにウエイターテイメントと同じですよ。食べ物の質とかヘアカットの技術への対価だけが支払いの対象ではなくて、その品物なり技術の恩恵をゲットする過程の楽しさも価格の内という考え方は、商業のあらゆる部分に波及すると思います。

神山)その考え方はわかるけれど、エンターテイメントの前に、料理をしっかり出すとか、間違いなく作業をこなすとかをしてもらいたい。ウエイターになれなれしく肩に手を置かれて「お客様。お味は?」と言われたのはいいけど、料理が一つもきていない。こういうちぐはぐさは願い下げにしたい。

松坂)神山さんは、この一件依頼、肩に手をおくセンチメンタルサービス拒絶症になってしまった。

王)ウエイターティメントというのは余計なお世話を買って出てやりましょう、というところがあるから失敗も起きますよ。問題は、「外したときのリカバリー」をかわいくやれる度胸と愛嬌です。

古田)楽しませるのに臆病であってはいけない。野川のコメスタなんて、従業員がみんな手品をやったりして楽しい。テレビに出られるほどの芸じゃないけれど、素人さんをうならせるくらいにピアノを弾けたり、歌をうまく歌える人はたくさんいるんだから、そういう人たちをどんどん接客の最前線で活躍させればいい。そう考えると、ウエイターテイメントの経営資源なんて無限にあると思う。

松坂)お客を楽しませるなら何をやってもいい、という単純なルールで伸びたアメリカンサウスウエスト航空の破天荒な行き方に学べ、と。あそこじゃ、スチュワーデスが頭上の荷物入れから出てくるという趣向もあったといいますからね。

古田)あそこは、従業員第一、カスタマー二の次というのが社是。何だ、顧客第一主義じゃないのかって聞くと、トップいわく「うちは顧客を第一と思っている社員しか雇わないから、結局、従業員第一が顧客第一になる」という説明。

神山)そういうことができるのは一種の企業文化というか「家風」みたいなところがあって、これまででは顧客限定的だし、見方によっては嫌らしいんだけれど、一部の高級フレンチとか料亭のおなじみさんの世界。そこでなら、「接客のゲーム」めいたものが存在し得た。そういう点で考えると、たとえばキハチの行き方とかグローバルの方向性も、そういったこれまでのフレンチとか料亭的なもののディスカウントバージョンと言えないだろうか。手の届く範囲のおしゃれです。エルメスはアダルト過ぎて手が出ないが、アニエスbなら手が届く、というふうなアナロジー(類比)が効かないかなと思ったり・・・。

HMRは小商圏ビジネス 本命はまだ出馬していない

松坂)価格といえば、僕にとっての謎は百貨店のお惣菜問題。そんなに安いものと思わないけれど、人が多い。テーブルサービス型レストランよりもはるかに日常よりの「外食」なのに、どうして価格が低下していかないのか。そんなにブランド力があるのか、とお聞きしたいのです。

古田)HMRの問題に入ってきたけれど、デパートの地下で売れているお惣菜はレア−グッズ。レストランミールのリプレイスメント(代替品)であって、ホームミールの代りじゃない。だから、はやっていても、それが本命ということにはならない。

島田)デパ地下という言葉をはやらせたのは我が「Hanako」だけれど、いまはもう状況が180度変わっています。いまのデパートの地下全体に、何らかの形で食生活の提案をしようという意欲は薄い。一部に大変人気のある商品を持つ売場があって、お客はそこを目指して行くだけの話なんですね。

古田)僕は70年代にニューヨークにいましたが、その頃はマンハッタンに10は百貨店があったけれど、いまはサックスフィフスアベニューとつぶれかかったメイシーがあるだけ。マンハッタンで2件ということは、東京なら23区内に2軒しか成立しないということ。デパートで食のライフスタイルが変わるというのは、もはやありえない夢物語だ。

王)やはり郊外。駅前やSCの小商圏ということになるけれど、弁当のリプレイスメント、おかずのリプレイスメントはあっても、本格的な家庭の食事の代行業みたいなのは、生まれていそうで生まれていないという実感がありますね。

古田)僕はキッチントマトという弁当、惣菜店もやっているのでよくわかるのですが、主婦というのは本当にすごいんですよ。例えば、白飯をなかなか買ってくれない。「一人前150円なら、自分で炊くわ」と言う。おかずだけしっかり買って帰る。レストランの人がデパートに売場を出してサラダを売りますよね。例えば、600円で中身のいいサラダを出す。レストランの本店で出すより質がいい。それで一人前600円。絶対お値打ち。売れるだろうと思っているとさっぱり。主婦のお客様に聞くと、一人前600円はいいけど、「何gなの?」と問い返される。200gですと答えると、「1g3円、そりゃ高いわよ」ということになる。片方は一人前という単位でお値打ちを測っているのに、お客様のほうは既に1gあたりで値打ちを測定している。もはや価値測定の度量衡ですら、お店とお客さまで違っている。これでは、HMRは難しいと思います。

神山)物を買いに行くのにあまり歩きたくないし、一方では顧客の老齢化、個人化(個食化)といった波が必ずくるわけで、そうしたとき、HMRが果たす役目には、結構重いものがありますね。オリジンや地球健康家族のような路面店の価値は充分に認められるけれど、まだまだ「間に合わせ」に使う店というところがある。もっと、対面販売的で、スクラッチ的で買い物が楽しくなるような、それでいて地域住民の年齢構成などもしっかり頭に入れたメニューが作れるHMRがあるといいのですが。

島田)それこそ地域密着。製造して販売する「製造販売業」ではなくて、先に「販売」ありきで、お客の要求に沿って製造する「販売製造業」としてのフードサービス。ユニクロが革命的といわれたのも、「つくったものを売り切る」のではなくて「売れるものをつくり続けられる仕組み」へと発想転換したことだといわれていますからね。

古田)サービス付加価値論者の私が言うのも変かもしれないけれど、HMRで価格は効きます。私のところで、通常100円のおにぎりを50円にしたら平均一日50〜60個だったのがいきなり350個。面白いのは、お客様が携帯電話で「おにぎり50円よ!」なんて勝手に宣伝してくださる。電話代のほうが高くつくんじゃないかと要らぬ心配したり。

松坂)携帯でお友達に知らせてくれたら、さらに一割引とでもすればいい。

王)日常食のシーンは500円玉じゃ駄目で、400円を切る線でいかないと需要が出てこない。マックも65円ならおにぎり100円に勝てる。

島田)そういう厳しい中での、それなりにサービスの温かみがあるところが残るのでしょうね。

松坂)HMRではまだまだプレイヤーが出揃っていないということでしょう。でも、外食以外のとんでもないところが、HMRでもFFでも、さらにいえばテーブルサービス型でも出てくる可能性が充分にあると思います。 今日は外食産業全般の状況分析ではなく、極めて限定的ではあるけれど、吟味に値する話題をテコにして、21世紀の外食産業の姿を探ってみました。プレイヤー交代の気配だけは感じ取っていただけたのではないでしょうか。


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